病態生理学は、からだの正常な機能を研究するだけでなく、
正常な機能がどのように変化したら病気になるのかを研究する学問です。
0世紀に続き、21世紀も脳の時代といわれているように、脳を解明しようという研究が盛んに行われています。私達もまず正常な脳の働きについて、そしてその機能異常による疾患とその治療法について研究をしています。


グリア・内分泌連関

脳内ではいろいろなホルモンが神経から分泌されて様々な作用をすることから、神経内分泌学という学問分野があります。

神経を支えるグリア細胞も、ホルモンと深い関わりがあることが次第にわかってきました。その中でも、甲状腺ホルモンは、脳の発達・形成にとても重要なことがわかっていましたが、よく解析すると、グリア細胞の分化・成長にも大変重要なのです。

すでに、甲状腺ホルモンが脳の発達期に足りないと、ミクログリアの数が少ないことが報告されていました。

甲状腺ホルモンが甲状腺から分泌されてからどのようにして脳に届くかというと、血中を巡っている甲状腺ホルモンの前駆体(T4)が特異的なトランスポーターによって血液脳関門(BBB)を通過し、BBBを構成しているアストロサイトのエンドフィート(毛細血管に延びた足)に取り込まれ、アストロサイト内で2型脱ヨード化酵素(D2)によって活性型甲状腺ホルモン(T3)になるのです。T3はトランスポーターを介してアストロサイトの細胞外に出て、様々な細胞に作用します。

このように、脳内では甲状腺はあたかもアストロサイトから分泌されるように見えます。

ですので、「神経内分泌」ならぬ「グリア内分泌」という新しい学問分野を命名しました。

 甲状腺ホルモンが脳の発達に重要であることについては、沢山の報告がありますが、成人した脳においてどのような働きをするのかは、実はよくわかっていません。ただ、甲状腺ホルモン過剰症や低下症において、神経・精神症状が出現すること、高齢では認知症と深い関わりがあることは臨床的にわかっていました。

 我々は成体の中枢神経系における甲状腺ホルモンの機能と、その機能異常による神経・精神症状に注目してきました。甲状腺機能異常症と神経・グリア連関、性ホルモンと加齢の影響について、その分子基盤は殆ど解明されていない。そこで、我々は、グリア内分泌学という新たな研究領域の開拓を始めることにしたのです。

まず我々は、脳内免疫細胞であるミクログリアにもT3の受容体が発現し、顕著な遊走性・貪食性亢進を起こすことを初代培養ミクログリアを用いて報告しました(Mori et al., 2015)。一方、成体では、甲状腺機能亢進症モデルマウスを用いてグリア細胞を観察したところ、いずれも、性と週齢によってグリア細胞の形態変化や行動が異なることがわかりました(Noda et al, 2016)。臨床的には、甲状腺機能亢進症・低下症は様々な中枢神経系疾患と関連がある他、高齢者の甲状腺機能低下症と、アルツハイマー病発症リスクは深い関係にあり、性差が顕著に存在することも報告されています。しかし、こうした甲状腺機能異常症と神経・グリア連関、性ホルモンと加齢の影響について、その分子基盤は殆ど解明されていないのです。高齢化社会で増えるウツや認知症の予防には、このように神経内分泌学・グリア内分泌学の進歩が重要であり、ウツや認知症のメカニズム解明にも大きく貢献すると期待されます。






神経疾患モデル動物に及ぼす水素分子の効果
近年、分子状水素(水素ガス)が多くの疾患に有効であり、疲労軽減にも効果があることが示されています。我々も、脳虚血による神経障害やストレスによる記憶障害、パーキンソン病などの神経変性疾患を改善することが報告してきました。

さらに、私たちは水素ガスを含む水(水素水)を長期間飲用することによって、酸化ストレスに対して神経が抵抗性を獲得することを明らかにしました。この内容は、米国の科学マガジンDiscoverに紹介されました。

また、パーキンソン病では、水素水を飲むのが一番有効的であることから、水素によって胃からグレリンが産生・放出され、脳で神経保護作用を発揮する、という胃・脳連関を明らかにしました。

日本で始まった水素医学は着実に進歩しており、今や論文は1000を超え、世界各地で水素財団が設立され
、当分野はアドバイザーの一人として水素に関する正しい知識を啓蒙しています。

水素ガスは2016年末には厚生労働省の先進医療Bにも承認され、大規模臨床試験が現在行われています。残念ながら昨今、間違った見解も見受けられるため、科学的な根拠を示すことが急務でしょう。

昨今の新型コロナウィルスによる肺炎にも、水素ガス吸入が有効である、と中国ではSARS, MARSの蔓延の際にも活躍された医学界における第一人者・鐘南山先生が報道しており、科学論文が発表されるのを待っているところです。





グリア・ニューロン連関の分子基盤解明 イオンチャネルおよび受容体の研究

 脳には神経細胞だけではなく、それより何倍も多いグリア細胞というものがあります。神経細胞しか興奮しないので、今まで神経細胞ばかり研究されてきましたが、最近、グリア細胞も重要な働きをしていることがわかってきました。たとえば、アルツハイマー病やパーキンソン病、エイズ、狂牛病などのスポンジ脳症にいたるまで、いろいろな脳疾患でグリア細胞が大きく関与していることがわかってきています。

 そこで、私達は、数種類あるグリア細胞の中から、脳内の免疫系を担当しているミクログリアに注目しています。ミクログリアは近年急速に研究が進んでいる分野であり、脳の疾患の大部分に関わっていることが示唆されています。すでに、ミクログリアにグルタミン酸トランスポーター、グルタミン酸受容体、炎症性メデイエーターの受容体などが存在することを報告してきました。他にも驚くほど多彩な受容体やイオンチャネルがミクログリアには発現しています。それらの生理機能を更に解明するとともに、炎症・傷害・神経変性疾患・癌の脳転移などにおいて、グリア細胞がどのように機能変化を起こしているのかを明らかにしようとしています。

 このように脳の病態を今までとは違う面から分子レベル・細胞レベルで解明することにより、新たな治療戦略予防薬が生まれる可能性があると期待しています。

                       





パーキンソン病原因遺伝子の生理機能解明

 家族性パーキンソン病の原因遺伝子およびその変異は種々、報告されています。しかし、それらの原因遺伝子が神経系、特にパーキンソン病患者で脱落している黒質・線条体で、本来、どのような生理機能があるのか、あまりわかっていません。

 そこで私たちは培養神経様細胞、培養グリア細胞、初代培養神経・グリア細胞、スライス標本等を用いてパーキンソン病原因遺伝子のうち、Parkinα-synuclein、脱ユビキチン酵素の本来の機能を解析しています。さらにヒトで報告されている変異遺伝子によって、正常な機能がどのように障害されるかを検討し、新たなパーキンソン病治療薬の開発を目指しています。






肺癌脳転移における脳内微小環境の解明

 肺癌は乳癌とともに脳転移の頻度が高い癌です。癌細胞の脳転移のメカニズム解明において、癌転移巣の周辺の微小環境は重要ですが、脳に関してはあまり報告がありません。これまで、転移癌はあまり注目されていませんでしたが、脳転移はガンマナイフで簡単に切り取れるほど単純ではありません。

 そこで、私たちは肺癌脳転移モデルを確立し、グリア細胞が果たす役割を解明するとともに、肺癌・乳癌で脳転移の確率が高い理由を明らかにしたいと考えています。このような基礎研究があって初めて、脳転移の予防・治療法の開発をめざすことができると考えているからです。








CD38およびサイクリックADPリボースの機能解明

 金沢大学COE「革新脳科学」プロジュクトと一緒に、広汎性発達障害の機序について、社会認識記憶消失マウスを用いて分子レベルから個体レベルまで何が変異しているのかを解明しています。
 今まで脳でどのような機能を果たしているのかわからなかった
CD38 およびサイクリックADPリボースが、視床・視床下部におけるオキシトシンの放出に重要であり、CD38がないとオキシトシンの血中濃度が低く、母性に支障をきたすことがわかりました。
 今後、脳の免疫系がどのような寄与をしているのか等を解明し、自閉症を含む発達障害の診断と治療に役立てることを目指しています。
.